きんぱみの遊戯王冒険記

きんぱみが遊戯王をプレイして感じた事などを書きます
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きんぱみの遊戯王史その3

きんぱみの遊戯王史の続きです。
前のはきんぱみの遊戯王史カテゴリから見れます。
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チームが解散した理由は主にすれ違いだった。
メンバーが遊戯王をしない、集まりに参加しない、更には「選考会に参加する」チームだった筈なのにメンバーがデュエルをエンターテイメント性を求めるなどしてとにかくリーダーの意向にメンバーが沿わなかった。
それもあってリーダーは自分にリーダーの資格が無いと判断し、メンバーを解散させた。
僕自身以前の活動を見ていてリーダーにぴったりの人と思っていたし、メンバー間の仲も良かったためショックだった。
それと同時にチームの運営、つまり「人をまとめることの難しさ」を感じたのである。
そんな事があったのだが、メンバーとの交流はチームが解散した後も続いていた。
もちろん関東のメンバーとよく遊んだし、元リーダーが広島で大会を開く際にはそこまで手伝いに行っていた。

チームが解散した頃は確かアンデシンクロの全盛期だった。
大会の上位は必ずアンデシンクロのみであるといった酷い時代であった。
もっとも、その頃から他人が使ってるデッキで勝ちたくないプレイヤーであった僕は使わなかったのだが。
そんな当時、どんなデッキで勝とうか模索中であった僕は新カードである「真紅眼の飛竜」に目を付けた。
飛竜でレダメを出しまくれば行ける!と思い、飛竜が付属していたゲームを買っては売り、買っては売った。
結果的に飛竜を安い値段で手に入れ、レダメを元々3枚持っていたのもあって初めてガチ仕様のドラゴンデッキを組んだ。

だが、ドラゴン使いの道のりは決して平坦なものではなかった。
当時はアンデット一強の時代で、参考になるテンプレデッキがなかった上にデッキとしての強さもぱっとしなかったためになかなか勝てなかった。
それでも、自分のデッキを信じて色々なカードを試した。
帝系、ライトロードなど何でも試したが、それでもなかなか勝てない。
今でこそドラゴンデッキの強さは一部で認知されつつあるものの、当時は全く注目されていなかったデッキであった。

という訳で、チームが解散してから僕は試行錯誤をしながら遊戯王をしていた。

そして2009年10月、酒に酔っていた僕はミクシイの日記でこんな発言をした。
「チーム作るからみんな入ってね!!!!!!!!!!!」
翌日、遊戯王チーム「JUSTICE」が結成された。
そう、我がチームJUSTICEは

酔っ払った勢いで作ったチームだ!!!

続く。

コメント

そんなんでいいのか遊戯チーム。

酔った勢いはさすがにすごいw

酔った勢いのせいでks野郎も入団しちゃいましたからね^q^

今じゃリーダー(笑)と煽られるまでにw

まぁなんだかんだいいチームですよね

>まさきちさん
まぁ、そんなチームも作って一年超えてるんですけどねw
結果オーライってやつです><

>扇風機さん
リーダーが硬くならないってスタイルは解散したチームから得た教訓でもあるんだけどな!

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